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西梅田再開発 : 竹中工務店
最終更新日 2010/08/10
想いをかたちに
人通りの多い「西梅田」。
開発の隠れた裏側を、覗いてみませんか?
観光名所の一つ。日本一の高さをもつ東京タワー。実は、私たちが手掛けた【作品】の一つです。
1958年。高さ333メートルの東京タワーができてから約半世紀。
その時代の文化遺産を後世にのこす仕事を私たちは行っています。
そうした仕事への誇りをこめ、私たちは手がけた建築物を作品と呼んでいます。

『共生をかたちに』
「自然と共生し、地球環境保全・温暖化防止を目指す」
CO2削減を目指した省資源・省エネ技術の開発、リサイクル活動の実践等々…今後もさらに地球環境に配慮した街づくりを提案していきます。

『安心をかたちに』
私たちは、地震に強い建物を築くための構造や工法などの研究開発に力を注いでいます。安心への想いを、設計・施工を通じてかたちにしていきます。

『幸せをかたちに』
高齢者、子供達、ハンディキャップをもつ人達、あらゆる人々が障壁(バリアー)を感じない快適な暮らし。私たちがつくる医療施設、福祉施設をはじめ、公共空間・生活空間には、「ユニバーサルデザイン」のポリシーが隅々にまで生かされています。

『歓びをかたちに』
様々な芸術にふれあえる美術館、オペラ、バレエ、ドラマが華やかに展開する劇場や、サッカー、野球の歓声が興奮を呼ぶスタジアム。私たちが実現したエンターテイメント・スペースが、歓びと感動を誘います。

『育む心をかたちに』
学校、幼稚園などの施設は、未来を担う次世代の育成にとってかけがえのない空間です。のびやかな心と体、そして夢を育む、豊かな空間を創造していきます。

『活かす心をかたちに』
高度な技術を開発・駆使し、都市に新たな息吹を吹き込みます。

『伝統をかたちに』
私たちは歴史や文化の変遷とともに磨かれてきた建築技術を、慶長年間から受け継いできました。日本古来の伝統と現代の技術を融合した建築をこれからも手がけていきます。

人々がもつ、建築への想い。
理想の都市・社会づくりに向け、これからも新たな展開へ挑戦していきます。
まちづくりへの想いを形に。-事業主との二人三脚での挑戦-
常務取締役プロジェクト開発担当
1950年3月25日生まれ。京都大学工学部建築科卒業後、入社。2007年に現職に就く。
1980年代に始まった「西梅田プロジェクト」を、開発計画本部課長として担当する。
現在の西梅田開発の実現に大きな役割を果たした一人である。
竹中工務店の始り、それは1610年まで遡る。
『最良の作品を世に遺し、社会に貢献する』という理念のもと、一貫した姿勢で“想いをかたちに”してきた。

東京タワー、日本武道館、東京ドーム…竹中工務店が手掛けてきた作品の多くは、
日本を代表する社会の資産、そして文化の象徴として、今もなお愛されているものが多い。

それを可能にしてきたのは、事業主であるお客様が「今、何を課題にしているか?」という生の声に耳を傾け、
最大限の努力で応えるという、会社設立以来の一貫したスタンスがあるからだ。

だからこそ『都市再生』『サスティナブル・ワークス』『魅力再生』『事業継続マネジメント』
『先端製造施設エンジニアリング』『総合力から生まれデザイン』など、竹中が提供できるソリューションは多岐に渡る。

1980年代、大阪が変わろうとしていた。
『西梅田プロジェクト』が始動したのである。
その街づくりを支えた裏の立役者こそ、大手ゼネコンの竹中工務店だった。

事業主である阪神電気鉄道、吉本ビルディングと、それを支えるプロジェクトメンバーの開発担当であった竹中工務店・難波。
事業主の“想い”、そしてその作り手として“かたち”にしていく街づくり。

その作品の裏に隠れたドラマに今迫る―
【先代から受け継がれる、竹中の精神】
西梅田プロジェクトの始動は、阪神電気鉄道と竹中の“勉強会”によって始まった。

“勉強会”
それは一対一で事業主と対面し顧客の真のニーズや“想い”、本音を聞き出すためにも竹中が大切にしていることである。
『顧客課題の解決、顧客ニーズへの合致だけでなく、より大きな満足と共感を得ることのできる提案』
これを実現するための一つの手段でもある。

これこそ先々代の社長竹中藤右衛門(現・竹中統一社長の祖父)の時代から、着想され
現在まで脈々と息づいてきているプロジェクトの進め方だ。
竹中藤右衛門社長は「設計部」を作り、プロジェクトの川上に立ち上がって、
プロジェクト全体を計画する「設計・施工」という進め方を確立した。
そしてこの姿勢は、先代社長竹中錬一(現社長の父)の時代に、顧客に密着し、企画・計画から事業に至るプロジェクト全体の
マネジメントを行う専門集団として、「開発計画本部」を、業界に先駆けて立ち上げたという歴史にも表れている。

勉強会では、企画案、設計プランから、都市計画や事業性検討に至るプロジェクト全体にかかわるあらゆるテーマが議論された。また、立体模型やパースなどのビジュアル資料も多用し、事業主とイメージを共有する作業に時間が割かれた。

まさに顧客志向の提案スタイルである。
同時に、竹中の“想いをかたちに”という企業理念にもつながる、プロジェクトの推進スタイルともなっている。
【目標は“グローバル・スタンダードな街”】
西梅田開発が始まった1980年代。
その地区一帯には、旧国鉄貨物ヤード跡地の未利用地で、現在とは程遠い風景が広がっていた。
しかし、プロジェクトチームのメンバーは、大阪駅の西側に阪神電鉄だけでも延長約450メートルにわたって広がる
広大な空間から、ひときわ大きな可能性を感じ取っていた。

「世界の誰からも、時代を超えて評価される、グローバル・スタンダード(世界水準)な街づくりを目指しましょう。」
これは、プロジェクトがスタートした当初、事業主とともに竹中工務店のプロジェクトチームが掲げた、
開発全体を通しての目標であり、コンセプトでもあった。

グローバルスタンダードな街を目指して検討を重ねる中、
大阪ビジネスパーク(OBP)の開発にも携わった経験のある難波には、ある構想が浮かんでいた。

「OBPにしても新宿副都心にしても、新しい都市には街のイメージをリードしていくシティホテルがその中核に存在しています。
複合開発プロジェクトが競合激化している中で、差別化を図るために、超高級ホテルを持ってきましょう!」

ホテルプロジェクトにおける経験と海外事例研究の成果を体系的に整理し出版した「ホテル開発の21世紀戦略」の
執筆メンバーでもあった難波は、事業主とともに、世界のホテルの状況を自身の目で確かめ、ある一つのホテルに注目。

それが、世界のグローバル・ビジネスマンから高く評価されていた『ザ・リッツカールトン』であった。
西梅田開発が、実現に向け、現実味を帯びてきた瞬間でもあった。
【事業主と共有する、揺るがない“想い”-街づくりにかける情熱】
ザ・リッツカールトンをはじめとして、商業テナントの目途もつき、工事も着工。西梅田開発は佳境を迎えていた。
そんな中で、1995年1月、関西を震度7の激震が襲った。阪神淡路大震災である。
(開発を中断するのか・・・、このまま進めるのか・・・)
事業主である阪神は大きな決断を迫られた。

阪神・竹中の協働プロジェクトチームとして一緒になって進めてきた街づくりへの熱い想い。
それまでに積み重ねてきた膨大な検討、そして費やした時間。これを無駄にはできない。
「開発を進めよう!街づくりを一緒に完成させよう。」阪神のこの判断と激励が、プロジェクトチームの大きな力となった。

そして1997年5月23日、、ザ・リッツカールトンが入居する西梅田の新しい街“ハービスOSAKA”が産声を上げた。
大阪駅の西側に出来た新しい街。
事業主の想いを、勉強会を通じて掘り起こし、実際の“街”として“かたちに”する。
単なる設計施工だけではない、「プロジェクトの全体にわたって、事業主とともに創り上げる」という竹中工務店がこだわった
プロジェクトの推進スタイルで、また一つの新しい街がここに誕生した。

紛れもない、21世紀を迎える大阪の『新しい顔』が誕生した瞬間でもあった。

“ハービスOSAKA”が完成を迎えた後、プロジェクトチームの主戦場は西梅田第2期計画に移った。
現在、ハービスENT、そして第二吉本ビルディング(ヒルトンプラザ ウエスト)が建っている場所である。
現在は一つのスーパーブロックとなっているこの場所は、当時、南北の狭小幅員の市道によって、敷地が分断されていた。

その時点ではまだ工事中であった“ハービスOSAKA”の完成後の姿、そして大阪の新しい顔としての西梅田の姿を、
頭の中でイメージとしてはっきり捉えていたプロジェクトチームのメンバー。
既存の敷地形状を前提として、バラバラで建築計画を進めていっても、街の完成度には限界があると考え始めていた。
事業主も同様の想いを抱いていた。

「道路を付け替え、敷地を一体化するために、行政に働きかけましょう!」
『西梅田を、大阪、そして日本を代表する新都心とするためには、現状の枠にとらわれない、大胆な発想転換が必要だ』
両事業主、そして竹中工務店のプロジェクトチームには、これを決断し、粘り強く進めていく覚悟があった。

一つの夢を共有した、阪神と吉本ビルの情熱、そして大阪市当局の担当者の努力により、
【敷地整序型土地区画整理事業】の西日本第一号という形となって、敷地のスーパーブロック化が実現された。

ここでも、阪神単独のみならず、阪神と吉本ビルなど隣接地権者と竹中工務店の協働による“勉強会”が繰り返され、
新しい街のコンセプトや事業フレーム、用途構成など、西梅田の街全体に影響を与える、“骨格”が検討・決定されていった。

ここでも、脈々と受け継がれている、街づくりにかける竹中工務店の情熱が、遺憾なく発揮された。
【他の追随を許さない、揺るがない想い】
そして2004年秋、西梅田プロジェクトの集大成ともいえる、
西梅田第2期プロジェクト【ハービスENT・第二吉本ビルディング(ヒルトンプラザ ウエスト)】がオープンの日を迎え、
大阪駅の西側、四ツ橋筋から約450メートルにわたる、新しい街が誕生した。
ハービスENT、ヒルトンプラザ ウエストともに、低層部には高級ブティックが多数入居し
ENTの中層部には大阪四季劇場もオープン。
ここから、ザ・リッツカールトンハービスOSAKAに至る歩行者プロムナードをはじめ、西梅田の新しい街には人通りが絶えない。
かつてのこの場所を知っている人の中で、西梅田プロジェクトが、
大阪・梅田にまったく新しい“人の流れ”を生み出したことに、異論を唱える人はいないはずだ。

しかも、その“人の流れ”を生み出す新しい街は、建物内部だけでなく外部空間も、植栽やフャニチャーなどで
豊かに修景され、洗練された都会的な都市景観を演出している。
まさに、“絵葉書になる”、大阪きっての“ピクチャレスクな街並み”の実現である。
これは、“グローバル・スタンダード”とともに、
プロジェクトの当初からプロジェクトチームが掲げていた、もう一つの目標でありコンセプトでもあった。

それがまさに現実のものとなったのである。

開発者のコンセプトが、今なお、街の中に息づいている。西梅田開発は、まさにその好例といえる―

【“人の流れ”をつくる。一歩先行く街づくりの担い手へ】
竹中工務店では、顧客志向で創り上げる街づくり、建築物そのものを、『作品』と呼んでいる。
手がけるすべてのものに対して、全身全霊を尽くして世に送り出したという“誇り”、
そして送り出した作品が後世にわたり使われ続けていただけるようにとの“願い”が込められている。

この姿勢は、竹中がスーパーゼネコン5社の一角を占めているにも関わらず、上場しない理由の一つにもなっている。
利益追求ではない、仕事を共にしている顧客と“同じ視点”にたった街づくり。

これからも発展を遂げていく梅田のまちづくりの影には、竹中の想いをかたちにという精神と情熱があった。

「建築を一つ一つ創っていくこともの大切ですが、都市全体の“流れ”創りに、これからも関わっていきたい」
関西のさらなる発展に貢献すべく、難波たちの夢はとどまるところを知らないようであった。
難波をはじめとするプロジェクトメンバーが築き上げた西梅田は、現在では大阪の“顔”の一つとなり、今日も人通りが絶えることがない。
竹中工務店はこのほか、
◆「OBP(大阪ビジネスパーク)」◆「ほたるまち(阪大病院跡地開発)」◆「淀屋橋odona(オドナ)」
など、関西において数多くの都市開発に携わっている。

そして、『環境・社会貢献活動』を常に視野に入れつつ、特に持続可能な社会の実現に向けた取り組みに、今日も余念がない。
竹中の図面には1971年から、“設計に緑を”というロゴが印刷されている。作品が完成する毎に、都市に緑の楔が打ち込まれていく―

「設計に緑を」から「建築に緑を」あるいは「心に緑を」へ。さらに「都市に緑を」へと、この運動の輪が広がり、発展させたいという願いが込められている。
それは業界のどこよりも早く【サステナブル・ワークス】という考え方を取り入れ、推進してきた証でもある。
地球環境に対し『やさしくつかう(運用)』『やさしくおもう(設計)』『やさしくつくる(施工)』を合言葉に、今後も住みよい都市、そして住みよい地球のために、【サスティナブル建築】を実践していくつもりだ。

事業主の方に説明される時の、まちの模型と共に。
お客さまの“想い”を確かな“かたちに”するための地道な活動。
あらゆる場面を設定し、また状況を変え、
建物の最適環境を考えることが可能です。
こちらが最上階にある“屋上緑化”です。
垣間見える社名が誇らしげに見えました。
「まるでスタジオの一室にいるような感覚だ…」と思えるような場所が、
今回お伺いした竹中工務店さんにはありました。
それは、2007年1月に完成した、「室内音響統合化システム」といわれる竹中工務店の誇る音響技術者の方々が開発した部屋です。
中に入ると、24個のスピーカーが天井からぶらさがっている、という異様な光景が目に飛び込んできました。

そこに隠された秘密とは…
設計した後の、劇場、マンションでの音の響き、騒音を想定した状態を体感することができるシステムだ、ということです。

例えば、マンション建設なら、騒音をシュミレーションしたうえでの壁の厚さや、サッシのグレードを考えることができます。
【建物の設計図】さえあれば、この部屋ではホールでも、部屋の一室でもなんでも思いのままで再現できます。まさに、平面である設計図を“音空間”という立体で表現できる、竹中工務店の隠し部屋なのです。

更に、屋上に上がり扉を開けると…そこにはなんと【屋上緑化】が広がっていました。
「環境負荷の少ない建築の実現に向けて」会社全体で力を入れている部分でもあります。それをまずは、自分たちが実践してみる。そして、広げていく。

実践して、確かなものだと分かったうえで、人々の広げていくことをされているように感じました。
「築40年のこの建物でも、あまり負荷のかからない石を利用しているんですよ」
実際にケースに入っている土は大変軽く、スッと持ち上がりました。
床上げの必要も少なければ、補強の必要もなし。
これからの建築には欠かせない存在になるのではないでしょうか?

“竹中工務店”という名前の裏に隠された、作品への想いに触れることができました。
また週に一回、屋上緑化「スカイオアシス」は一般の方にも公開されています。
興味のある方は一度足を運んでみてはいかがでしょうか?
会社名株式会社竹中工務店
URLhttp://www.takenaka.co.jp/
設立1900/1/1
代表者竹中統一
資本金500億円
商品分類生活関連 - 住宅・建築
従業員数7,857 名
事業所大阪府中央区本町4丁目1-13
お問い合わせ先広報部 :
お問い合わせ電話番号06-6252-1201
お問い合わせ FAX 番号06-6271-0398
経営理念
想いをかたちに―
時代のニーズと建築主の期待に的確に応える建築が、社会の資産となり、文化の象徴として遺されるものと考え、「最良の作品を世に遺し、社会に貢献する」ことを目指しています。
主な事業
1.建築工事及び土木工事に関する請負、設計及び監理
2.建設工事、地域開発、都市開発、海洋開発、宇宙開発、エネルギー供給および環境整備等のプロジェクトに関する調査、研究、測量、企画、評価、診断等のエンジニアリング及びマネジメント
3.土地の造成並びに住宅の建設
4.不動産の売買、賃貸、仲介、斡旋、保守、管理及び鑑定並びに不動産投資に関するマネジメント
5.造園、園芸及び植林等の緑化事業並びにこれらに関する保守及び管理
6.建設用機械器具、鉄鋼構築物、建設用コンクリート製品、建物空調用冷却装置、建築用木工品及び家具の製造、建設用機械器具、建設用資材、建物空調用冷却装置及び家具の輸出入、販売、賃貸、修理、保守、管理並びにこれらに関する研究開発及び検査の受託
7.保守警備及び清掃業務
8.廃棄物の収集、運搬、処理及び再利用、環境汚染状況調査及び環境汚染物質の除去並びに電気、熱等エネルギーの供給、販売
9.庁舎、教育施設、医療福祉施設、廃棄物処理施設、道路、鉄道、港湾、空港、公園、上下水道等の公共施設及びこれに準ずる施設等の企画、建設、保有、維持管理及び運営
10.宿泊施設、保養所
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