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宇治茶梅酒 : チョーヤ梅酒
最終更新日 2010/08/10
食卓に笑顔の満ちたコミュニケーションを
宇治茶の清々しい香りとしゃんとした上品な味わいが料理にあう、もてなしの梅酒です。
チョーヤ梅酒の多彩なラインアップ。
多様な味を取り揃えた梅酒は、生活のワンシーンを鮮やかに彩ります。
季節の彩り豊かな日本。
自然の営みの中で育った梅は、昔から各家庭で梅酒や梅干しに加工されてきました。

チョーヤでは、梅の実の厳選から製造過程における仕込み、熟成期間など、すべての過程で一貫した基準を設定し、変わらぬ美味しさづくりに努めています。
また合わせて、飽くなき探求心と、研究を重ねた技術を駆使し、数々の商品開発に努めてきました。

「あの味をもう一度、あの香りにまた触れたい」
そう感じていただくことが、私たちの願いであり、
その願いの下で、世界の皆さまに喜んでいただける商品をお届し、梅酒を通じて世界に魅せる日本の意志を伝えていくことが私たちの使命です。

これまでの活動としてチョーヤでは梅酒を食前酒としてアピールしてきましたが、それは健康を第一に考えるからこそ。
しかし、私たちの想いはそれだけにとどまりません。
日本の食卓が会話に満ちた楽しいコミュニケーションの場となるように。
「食卓に笑顔を」
これが私たちの合言葉です。

この願い・使命・合言葉を胸に作られたのが『宇治茶梅酒 720ml』。
京都産の宇治茶葉と梅酒で仕上げた食事に合うすっきりと淡麗な梅酒。
チョーヤ独自の香味冷煎製法で茶葉の香りと甘みを十分に引き出し、上品な旨みを持たせました。
宇治茶の清々しい香りと、しゃんとした上品な味わいが料理に合い、食事中にも楽しんでいただける、もてなしの梅酒です。

この『宇治茶梅酒』に300mlの小ボトルが仲間入りしました。
ご家族やお友達で集まる際には、ぜひ、甘すぎず、芯のある梅酒『宇治茶梅酒』と共に。
梅酒の新しい文化を創造せよ~“食前酒・食後酒”から“食中酒”へ
商品企画課
1970年3月16日生まれ。金沢美術工芸大学卒業。卒業後は大日本印刷株式会社を経てチョーヤ梅酒に入社。学生時代には日本画を勉強し、現在も東山魁夷、小倉遊亀、上村淳之などの日本画を楽しんでいる。チョーヤ梅酒では、商品コンセプトの開発やパッケージデザインに携わり、日本画を勉強した経験から、チョーヤ梅酒のさまざまな商品のパッケージデザインに活かされている。
チョーヤ梅酒本社が位置する駒ヶ谷周辺では、古くからブドウ栽培が盛んだった。
チョーヤ梅酒を築いた金銅住太郎も、1914年にブドウの栽培を始め、1924年に葡萄酒の醸造を始めた。
ワインを蒸留すればブランデーになる。
住太郎は1949年、蒸留技術を持ってブランデーの製造に進出。
梅酒を作るようになったのは、葡萄酒を作り始めてから30年以上経ってからだった。
当時は「梅酒は個人宅で作られるもの」という意識が根強く、売れるかどうかも分からなかった。
梅酒が店頭で販売される、という文化を築き上げたのは、他ならぬチョーヤ梅酒だった。

業界の先陣を切って梅酒の販売を始めたチョーヤ梅酒。しかし、いつでも順風満帆というわけではなかった。
昔は“贅沢なもの”と言えば、必ず『甘さ』が伴っていた。
食生活が豊かになるにつれ、『甘さ』が一般的なものになる。人々の【甘さ離れ】が進行していった。
しかし、梅酒は美味しい甘さと飲みやすさを特徴に持つお酒。
梅酒を購入しない理由に「甘いから・・・」という声が多くなる。

「スッキリと飲めるような梅酒を開発する必要がある」
何度も社内で話し合われてきた内容だ。
ここから、村山らの挑戦がはじまる。
【お酒が溶け込むシーンが減少している!】
チョーヤ梅酒が、「スッキリと飲めるような梅酒の開発」を意識したのには理由がある。
消費者の嗜好の変化だ。

段階的に緩和された酒税法の改正。
販売にあたって免許が必要であることは変わりないが、事実上、販売の自由化がなされたようなものだった。
「手軽にいつでも購入できる」ようになった現在。
食卓に上るお酒は、日本酒のように“1本を数日かけて飲むようなお酒”から、缶ビールや缶チューハイのように、“その時その場で飲みきれるお酒”へと変化していった。
最近ではビール離れまでもが叫ばれるようになってきている。

いかにして消費者に受け入れられやすいお酒を作るか。
食生活が豊かになるにつれて、生活シーンに合わせたお酒が選ばれるようになる。
『甘さ』から敬遠されがちな梅酒を、もっと多くの生活シーンに溶け込ませたい。
ビール業界では『ドライ』と言われる辛口のビールが開発されていた。
チョーヤ梅酒でも、過去に『辛口』の梅酒を開発したことがあるが、失敗している。
【甘くない梅酒】の開発とは、すなわち【甘くない砂糖】を作り出すようなものだった。

『甘さ』『辛さ』といった味の変化だけではない。
梅酒はお酒の中でも『甘さ』が際立ち、チョーヤ梅酒としては“食前酒”としてアピールを続けていた。
例えば、食前には『梅酒紀州』、食後には『黒糖梅酒』だ。
しかし、日本でお酒を飲むシーンと言えば、【食事中】が大半。
お酒を飲む機会そのものが少なくなっている。食前酒としての梅酒が食卓に並ぶ機会は言うまでもない。

味の開発だけに留まってはならない。「いつ飲んでもらうか」の開発まで視野に入れる必要があった。
お酒をたしなむ場面の減少、求められる味の変化、そして飲み方の変化。
これらを踏まえ、今まで『甘さ』がネックになり飲用機会が少なかった【食事中】に飲む梅酒の開発を進めることになる。
しかし、この【食事中】をターゲットにした梅酒の商品コンセプトを考える村山は苦戦を強いられた。
【『甘さ』とはどういうことなのか?】
現状は分かったが、【食事中に飲む、甘くない梅酒】というコンセプトからなかなか具体的な商品像が生まれてこない。
村山はさまざまな試行錯誤を繰り返す。
「そもそも、甘くない梅酒を作るという課題自体が間違っているのではないか・・・」
一時、開発に疑問を持つこともあったが、村山はあきらめなかった。

「食事中に飲める梅酒をしっかり作ろう」という想いが募る。
食事中に梅酒を飲むには、料理の味を邪魔してしまうほどの『甘さ』を控えなければならない。
【食事中に飲む、甘くない梅酒】の開発のために、村山は『甘さ』を追求し始めた。
村山は、『甘さ』の追及、言い換えれば【人の感覚】を追求し始めた。

甘いと言えば「ケーキ」。
村山は甘い美味しさを売るお菓子に注目し、デパートのケーキ売場でケーキを購入する人の言葉に耳を傾けた。
「最近のケーキは甘くなくって美味しい!」
しかし、村山がそのケーキを購入して食べてみると、やっぱり甘かった。
ケーキにどのような素材が使われているのか・・・そこにどのような特徴があるのか・・・

フルーツケーキには、酸味のあるフルーツがふんだんに使われ、“あっさりと食べられる”特徴がある。
抹茶ロールには、風味豊かな抹茶が生地に使われ、“さっぱりとした味わいになる”特徴がある。


『甘さ』を追求した村山は、何かを掴みかけていた。
【お茶割は普通なのに・・・】
村山は、今までの考え方を変えた。
「甘みをさっぱりと感じさせる」素材を組み合わせることだ。
そうすることによって“梅酒の素材感を失うことなくあっさりとした美味しさ”を提供できるのではないだろうか?
この村山の気付きをもとに、味の開発がはじまる。

「いかに梅酒を作る際に砂糖を減らした梅酒を開発するか」ではなく、
「いかに甘さを軽減する素材と組み合わせた梅酒を開発するか」

「あっさりとした甘さ」「さっぱりとした甘さ」が【甘くない梅酒】とリンクする。

村山は、梅酒と相性の良い素材を探し始めた。
そして、“料理と合う”という観点から「和素材」「天然素材」「伝統性」「親しみやすさ」というキーワードをつけたしていく。
「お茶」を素材に用いることを考えた。
しかし、「お茶」と「梅酒」とを組み合わせた梅酒の開発が始まったとき、また別の苦悩が頭をもたげる。

村山から梅酒とお茶とを組み合わせた商品コンセプトを聞かされた、味の開発を担当する大宅。
「“お茶割”という飲み方もある。どんなお茶を使うかだろう。」

そこで大宅は、ただ単に梅酒とお茶を混ぜたものを作って試飲してみた。
「飲めたもんじゃない・・・」
大宅の味の開発は、出鼻からくじかれた。
【原点に立ち返った瞬間に見えるもの】
大宅は困り果てた。しかし、すぐに気を取り直す。
「困った時の現場頼みだ!」
週に1~2回は実際に宇治茶梅酒を製造する工場を訪れる大宅。
どのようなお茶を、どれくらい組み合わせるか。毎日、試行錯誤を繰り返す。

「お茶の風味を生かすには・・・」
「梅酒の味を殺さないには・・・」
なかなか「これだっ!」という味が生まれてこない。

「さまざまに製法を試しても、現場でできないことでは意味がない」
と語る大宅。
現場で生産できる製法をも視野に入れた開発を行わなければならない。
大宅は、実に100以上の組み合わせパターンを試していた。

さまざまなパターンを試し、生産現場を歩きまわった大宅にある考えが浮かぶ。
「何でこんな単純なことに気付かなかったんだろう・・・」
大宅が試行錯誤の末に至ったのが、製造現場に眠っていた技術を応用した【香味冷煎】製法だった。
ただ単に混ぜるだけではない。宇治茶を梅酒で低温抽出するのだ。

村山・大宅の苦労の下に、宇治茶梅酒が完成した。
【チョーヤ梅酒のポリシーと競合との差別化】
チョーヤ梅酒が、なぜ今まで梅酒業界をリードすることができたのか。
それは、葡萄酒、ブランデーから梅酒の製造へと転身し、どこよりも先に梅酒を販売し始めたからだ。
梅酒はもともと、味噌や醤油と同じく各家庭で作られていたものだが、先陣切って販売を始め、一大ブランドを築いた。

「先発でできるような商品づくりを」
チョーヤ梅酒が、創業以来さまざまな苦難を乗り越えて確立してきたポリシー。
このポリシーは、オリジナリティのある商品開発を助長する。
宇治抹茶梅酒も例外ではない。
チョーヤ梅酒のポリシーを受け継いだ宇治茶梅酒は、社内でも人気のある商品となっている。

現在は、いわゆる【変わり種】を多くのメーカーが出し、それらがさほど抵抗なく受け入れられる時代となっている。
さまざまなお酒業界が、ジャンルを超えて競合になってきている、と言っていいだろう。
「押入れから食卓・食器棚へ」
押入れの中にしまいこまれてしまうよりも、食卓に置いて、食器棚に並べて、その空間を彩る商品開発。
そのような商品開発が今日も村山や大宅の手によって進められている。
商品の長寿化を図る村山・大宅。
なかなかエンドユーザーの声を聞くことができない状況からを打破するため、
販売先から、タイムリーに意見・感想が入るようにした。

商品のことはお客様の方がよく知っている、という時代。
お客様視点の重要性を認識し、
「まだまだ『穴』のある部分はたくさんあるだろう」と語る村山・大宅。

もちろん、現代の【変わり種】を求める風潮に合わせて
新しい商品カテゴリーを作っていくことも視野に入れている。
さらに村山・大宅は、既存の商品のどこに『穴』があるのかを見極め、その『穴』を次の商品開発に生かしていくことにも積極的だ。
苦労の末に完成した宇治茶梅酒と共に。
右:村山氏  左:大宅氏
梅酒が好き。だから、多くの人に、多くのシーンで、多くの味を
梅酒の歴史とチョーヤ梅酒の歴史の変遷をたどる
資料室。歴代のCMもたどることができ、思わず
CMソングを口ずさんでしまいます。
チョーヤ梅酒の看板が目印。
ここからさまざまな種類の梅酒が発信されています。
チョーヤ梅酒の本社は、大阪府羽曳野市駒ヶ谷。
駒ヶ谷周辺は二上山・葛城山・金剛山といった山々に囲まれ、
ギフチョウなどの数多くの蝶が生息していた地域。
チョーヤ梅酒は電車を降りてすぐのところにありましたが、本当に自然豊か。
その上、かなり古い歴史を持っていました。
チョーヤ梅酒の近くの二上山では、
石器時代に矢じりや石包丁として利用された石が採取されていたらしいです。

多く生息していた蝶・・・採取された石の利用先が矢じり・・・
なるほど!だから、社名が「チョーヤ=蝶矢」!!

一つ謎が解けてスッキリしたのも束の間、今度は宇治茶梅酒の開発秘話!
私もお話をお伺いするまでは、ただ単純に混ぜたらいい、と思っていました・・・
でも、それを実際にすると、とてつもない味に・・・
先にお話をお伺いすることができて、救われた思いになったのは間違いありません。

お話は、チョーヤ梅酒本社内の資料室の一角でお伺いしました。
貴重な資料の中で、貴重な体験、貴重なお話。

意外にも男性がよく梅酒を飲まれている、という事実を今回初めて知りました!
梅酒は、どちらかというと女性の飲み物、というイメージがあったのでビックリです。

最近は、梅酒ブームでたくさんの種類の梅酒が販売されています。
そのブームの裏には、開発に向けたひたむきな努力が重ねられているのですね。
私も多分にもれず、たくさんの味を試してみたい主義ですので、
いろんな素材と組み合わされた梅酒の登場を心からお待ちしています!

チョーヤ梅酒 販売サイト「蝶矢庵」はこちら

会社名チョーヤ梅酒株式会社
URLhttp://www.choya.co.jp/
設立1962/6/1
代表者金銅重弘
資本金2800万円
商品分類生活関連 - 食品
従業員数130 名
事業所大阪府羽曳野市駒ヶ谷160-1
お問い合わせ先商品企画課 : 村山 宜宏
お問い合わせ電話番号072-956-0515
お問い合わせ FAX 番号072-958-2561
経営理念
日本の梅農家と共に歩み
日本の梅酒を世界のチョーヤに
主な事業
梅酒、かりん酒等の果実リキュール、ブランデー、薬味酒、ワイン、梅干、食品、飲料などの製造販売
ユーザー名 :
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