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バーチカル炉 : プランテック
最終更新日 2010/04/19
従来の概念を覆した - 次世代焼却炉
バーチカル炉ならダイオキシンの心配もいりません。一般廃棄物から医療廃棄物まで幅広い廃棄物に
対応可能です。
こちらが日本最大規模の感染性医療廃棄物の
専用焼却炉。
東京都スーパーエコタウン事業
の建物です。
家庭ごみからでる一般廃棄物、そして工場や病院、建築現場など
事業活動により発生する産業廃棄物。
それらの廃棄物の処理方法は・・・というと、
焼却処分、埋め立て、その他リサイクルといった方法が挙げられます。
そのようなごみの中でも、完全燃焼がもっとも難しいといわれるもの
として挙げられる、医療廃棄物。
様々な処理方法がありますが、医療の現場から出る注射器や、
カテーテル、ガーゼなど感染の可能性があるものは
そのまま埋め立てることができません。
しかし、これまでの完全燃焼が難しいという常識を覆し
誕生したのが、堅型ストーカ式焼却炉バーチカル炉です。
従来のストーカ炉の乾燥・燃焼・後燃焼の各ゾーンを
垂直に積み重ねた構造により、
900℃近い高温域を4時間以上かけて廃棄物が通るため、
燃焼速度の遅い廃棄物も完全燃焼することができます。
したがって、医療廃棄物はむろんのこと、一般廃棄物から産業廃棄物まで、
幅広いごみの焼却処理・熱回収に最適です。
40年以上廃棄物焼却処理プラントに携わってきた我々だからできる
発想を元に、独自の技術開発により生まれた焼却炉―
【バーチカル炉】
その実績が認められ、
平成20年春の黄綬褒章
、
ウェステック大賞2006「新技術部門賞」
、
「科学技術庁長官賞」
など多くの賞を受賞致しました。
現在では、世界最大規模の感染性医療廃棄物の専用焼却炉を
「東京都スーパーエコタウン事業」
向けに納入し、
さらには2009年ドバイの医療廃棄物焼却プラントを始めとする
海外にも活動の幅を広げています。
世界標準の焼却プラントを目指し、プランテックはこれからも三菱商事とともに、
グローバルな展開を手掛けていきます。
日本発、世界へ。人のやらないことをやる-創意燃焼の五十年史-
代表取締役社長
勝井 征三 / Seizo Katsui
1937年10月24日生まれ。工業高校卒業後、汽車製造株式会社を経て、三和動熱工業株式会社に入社。1967年豊川鉄工を設立し専務に就任。79年から社長に就任。
三和動熱工業当時、青果市場の焼却施設に携わったことが、あらゆるごみ質に対応できる現在の【バーチカル炉】の開発に繋がっているという。
2008年春 『黄綬褒章』受章。
2008年春-。
勝井征三は、「黄綬褒章」を受章した。
『日本国天皇は勝井征三に多年技術の改良考案に従事し斯業の発展に尽力したことについて黄綬褒章を授与する』
受章理由である。
しかしながら、その道のりは、平坦ではなかった。
1959年(昭和34年)三和動熱工業株式会社に入社。【ごみ焼却炉】の開発に携わって約50年-。
これからも、熱く燃えあがるであろう「燃焼人生」の半世紀を振り返る。
【実践的叡智-「生きた設計」と「学問的解明」が融合した瞬間】
工業高校卒業後、勝井青年は、汽車製造株式会社(現在、川崎重工業)にて、「生きた設計」を学ぶ。
設計業務は、頭にあるものを設計図に書き出す。しかし、実際は、現場と乖離がある場合が多い。
そのことをまざまざと知ることになる。
図面を書き、書いては消す。そんな毎日が続いていった。
がむしゃらに働く姿を見て、ある築炉会社から誘いがあった。
好奇心旺盛な勝井青年は、即決する。
工業炉は、各種生産活動の根幹的な部分を担っており、地球環境保全に多大な影響力を持つ。
環境対策、省エネルギー、廃棄物処理などに関わる技術だ。
期せずして、現在の【ごみ焼却炉】の開発に通じる知識を得ていることが興味深い。
そして、三和動熱工業に入社-。
ここで運命的な出会いをする。
当時、京都大学衛生工学教授、岩井重久先生、その人である。
三和動熱工業の勝井は、実験装置を製作、実験を担当。京都大学出身の同僚、春山氏が測定・計算をする。
その結果を考察し岩井教授が全体の指導、学問的な解明を行う。絶妙のトライアングルが完成した瞬間だ。
【当時の国産車とベンツとの差-。「チャレンジ精神」に火がついた】
【ごみ焼却炉】といっても、実は、一言で語れない。
何故ならば、単純に“ごみの質”(対象物)に違いがあるからだ。
都心のごみは、プラスチックが多く、農村部になると、水分を多く含んだものも多い。天候にも左右される。
日本の技術は、その“ごみの質”に対応していくために、表面積を拡げ燃焼する方法が主体だった。
その時、海外プラントに目を向けると、技術的に全く違った方式が取られていた。
衝撃だった。
「当時のベンツと国産大衆車との違いぐらいだった」
当時を振り返り勝井は語る。
技術的限界を感じた勝井は、【逆命利君の精神】で、10項目の要望書を会社に提出する。
■逆命利君(ぎゃくめいりくん)とは■
本当の忠誠心とは、命令に逆らっても、最終的な利益に繋がる企画・提案をすること。
「命に逆らいて君を利する、之を“忠”と謂う」
「命に従いて君を利する、之を“順”と為し、命に従いて君を病(や)ましむる、之を“諛(ゆ)”と為し、
命に逆らいて君を利する、之を“忠”と謂い、命に逆らいて君を病(や)ましむる、之を“乱”と謂う」
あくまでも、
「日本のプラントはこのままでは駄目だ!」
という危機感が、勝井のチャレンジ精神に火をつけた-。
【エンジニアリングチャレンジャーが誕生-フィリピンのケソン市・プラント受注】
技術的な方向性の違いにより退社した勝井に新たな転機が訪れる。
自分の理想とする技術を具現化できる畑を探していたところ、取引先の製造会社、豊川鉄工株式会社(愛知県)、
寺部社長と大阪で偶然出会う。
そして、豊川鉄工、大阪出張所が設立されることになる。1966年(昭和41年)5月のことだった。
その約1年半後、豊川鉄工株式会社大阪出張所は、突然本体から分離独立することになった。
地球環境へのエンジニアリングチャレンジャー、誕生の瞬間である。
1967年(昭和42年)10月4日-。
過去のご縁がきっかけとなり、ターニングポイントが早くも訪れた。
それは、勝井にとっても、新生豊川鉄工(後のプランテック)にとっても大きなターニングポイントだった。
なんと、
【フィリピンのケソン市向けプラント】
を受注したのだ。
この受注が、日立造船との業務提携のきっかけになったことはいうまでもない。
当時、日立造船の資本金190億円。豊川鉄工は資本金230万円、社員6名の時だった。
【医薬廃棄物という“未知”のごみへの挑戦】
時は、1988年-。日立造船という強力なパートナーを持ち、事業は順調に推移していた。
ニューヨークで医療廃棄物が海面に浮き、海水浴が中止になるという騒ぎが起こっていた。
翌年4月、米国医療廃棄物処理調査団に参画する。
「“ごみの質”(対象物)を考えると医療廃棄物は、今までに経験したことの集大成だ」
アイデア創出は、【雪隠(トイレ)・鞍上(あんじょう・馬の上)・夢の中】といわれるが、
勝井は、ペンとメモ用紙を手放さない日々が続いた。
そして、とうとう京都大学医学部附属病院の医薬廃棄物焼却施設が完成した。
1994年(平成6年)のことだ。
同時に勝井の追い求めていた燃焼技術の集大成
「バーチカル炉」
が誕生したことを意味する。
1997年(平成9年)からダイオキシンの問題が取りざたされ、1999年(平成11年)に施行された
[ダイオキシン類対策特別措置法]によって、ダイオキシンの発生に対する規制強化が定められた。
ここでは、独自開発した
「プレコート式バグフィルタ」
が主役になった。
そして、2009年(平成21年)には、
【アラブ首長国連邦ドバイ向けプラント】
が完成した。
【自主自立の道を選択-東京都スーパーエコタウン事業】
冷静に1999年から2009年までの10年間の歴史を見ると一見、順風満帆に推移している。
実は、その裏で、勝井は、社運を懸けた大きな意思決定を行っている。
33年間にわたる日立造船との業務提携の解消である。
その後、自治体からの直接受注は困難を極めた。方針を理解できない社員は去っていった。
日立造船との関係性やプランテック社員の意識が約30年間の間に少しずつ変わってきたのかも知れない。
マナー(manner)の多くの様式は、四角四面に解釈して適用するマニュアルではなく、人間が気持ちよく生活していくための知恵であるといわれる。ビジネスにもマナー(manner)がある。だからこそ、お互い気持ちよく仕事が遂行できる。しかしながら、30年の月日が、マナー(manner)から派生し、マンネリズム(mannerism)を形成してしまった。
そんな危機感や問題意識が、勝井を突き動かした-。
ここでも、一筋の光が差し込むことになる。
【東京都のスーパーエコタウン事業】
の受注である。
日本最大級のプラントだけにそのインパクトは大きく、“プランテック”の名前が新聞紙上に踊りでることになった。
どんな状況になっても、ことを正しく行う勝井-。
純正日本ブランドにこだわる勝井の挑戦は、この先、まだまだ終わることはない-。
未知を恐れることなく、果敢に道を切り開く姿は、日本のアントレプレナー(起業家)に強い勇気を与えるに違いない。
産業廃棄物と一般廃棄物には、違いがある。
産業廃棄物は、処理業者がビジネスとして行っているため、純粋に技術の優位性などの付加価値が決め手になる。一方、一般廃棄物は、自治体が行っており、仕様の順守性や実績の有無などが問われる。
勝井社長曰く、「今、多くの自治体は、40年前の技術を導入している。次の更新時頃には、60年前の技術になる。まるで電気自動車やハイブリット車が流通しているときに、ガソリン車を買うようなもの」と言い切る。
プランテックは、ドバイプラントの成功を機に、2009年(平成21年)三菱商事と資本業務提携した。海外市場でパートナーシップを組む。独自の燃焼方式を持つプランテック製焼却炉は、海外で需要が増えるとの判断だ。
「日本発世界へ-」勝井社長の夢は終わらない。これからだ。
自治体からの初の直需-。
勝井社長、自慢のプラントである。
長野県・岳北広域行政組合・エコパーク寒川
成功体験に固執しない-捨てる勇気が更なる社業発展を生む
行動7カ条が浸透している職場…。
勝井基明常務(左)・勝井征三社長(右)
100件を超える特許証の前にて。
勝井社長のお話を聴いていると本当に引き込まれました。
『私利私欲なく、正しいと思ったことをやる。懸命にやる。そのためには、今まで成功体験も捨てても構わない』
そんな覚悟にあふれる姿勢に本当に共感しました!
三和動熱工業さんからの独立の後、フィリピン・ケソン市での受注や日立造船さんとの業務提携解消後の東京都スーパーエコタウンでの受注などを見ると、自然に新しいフェーズ(段階)に導かれています。
40年前から、「ファブレス経営(工場を持たない経営)」を実践し、大企業と対等に渡り合うために、「知財戦略」(100件を超える特許)を実践している点も印象深かったです。
プランテックさんの社名の由来、PLANT(プラント)及びPLAN(計画・設計)とTECHNOLOGY(工業技術)の合成語だそうです。
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【行動7カ条】
Pride 仕事に対する誇り
Leadership 力強い指導力
Action 迅速な行動
Next 一歩先を見る眼
Trust 技術に基づく信頼
Expert 専門分野における熟練
Challenge 尽きることのないチャレンジ精神
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社長と常務の2ショット写真です。
何かレンズ越しに見るお二人の姿は、行動方針に基づいて会社を守るという覚悟が感じられました。
益々のご発展を祈念しております!
会社名
株式会社プランテック
URL
http://www.plantec-kk.co.jp
設立
1967/10/4
代表者
勝井征三
資本金
1億円
商品分類
機械・部品 - 重電・産業プラント
従業員数
100 名
事業所
大阪府大阪市西区京町堀1丁目6番17号
お問い合わせ先
営業本部 : 渡辺 大造
お問い合わせ電話番号
06-6448-2200
お問い合わせ FAX 番号
06-6448-2250
経営理念
【地球環境へのエンジニアリングチャレンジャー】
プラント設計施工技術を通じて
1.社会の環境改善に貢献する。
2.独自の技術開発
3.より優れたエンジニアリング企業を目指す。
主な事業
廃棄物ボイラ発電・熱回収プラント
(一般廃棄物・産業廃棄物・医療廃棄物処理プラント用)
竪型ストーカ式[バーチカル炉]
(一般廃棄物・産業廃棄物・医療廃棄物処理プラント用)
ろ過式集じん装置[プレコート式バグフィルタ]
焼却炉高度排ガス処理設備
焼却灰溶融炉・飛灰溶融炉
既設プラント燃焼改善工事、定期点検整備・改造工事
各種リサイクル設備、各種環境装置関連プラントの
エンジニアリング、計画、見積、設計、製作、施工、メンテナンス
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化学・ゴム
鉄鋼・金属・非鉄金属
ガラス・セラミック・セメント
紙・パルプ
重電・産業プラント
機械・工作機械・ロボット
半導体・電子・電気部品
自動車・輸送機器
家電・AV機器
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