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/挑人/
TOA
田中 智久
/Tomohisa Tanaka/
/Profile/
1968年12月16日生まれ。姫路工業大学(現兵庫県立大学)工学部電機工学科卒。大学卒業後、TOAに入社。テーマを見出し、自身で納得した上での開発を心がけているため、製品に対する思い入れは人一倍強い。こつこつと開発を続け、思い描いた製品を作り出していく姿勢は、入社当時から磨かれ続けている。
開発商品
TRANTEC S-D7000シリーズ
開発商品詳細はこちら
STORY
/挑人ストーリー/
市場を創り、結びつく商品を創り出す
―その裏に隠された感動を生み出す人間性 ヒューマニティのあざない
課題
アナログからデジタルへの流れが進行しつつある。
分かりやすいのは、2011年から導入される「地上デジタル放送」だろう。
しかし、アナログからデジタルへの移行は、何もテレビに限った話ではない。
情報化社会の進展は、情報そのままを連続的に写し取るアナログ時代から、情報を数字配列、つまり0と1の配列を断片的に、そして正確に記憶するデジタル時代へと推し進めている。
全てが情報になる時代だからこそ、効率よくデータ化できるデジタル化が、急速に普及し得る時代が到来しているのだ。
そのような中、音響機器業界にもデジタルの波がやってくる。
これまで、無線にしろ、有線にしろ、マイクという機器を通して音を“描き”込み、さまざまな機器にその描き込んだ音を情報として取り込んでいた。
デジタルになれば、音も0と1の配列によるデータとなる。
ワイヤレス機器での知名度を築き上げ、一般ユーザー向けのワイヤレス機器では、トップシェアを誇るTOA。
そんなワイヤレスのノウハウをもとに、アナログのTRANTECを、デジタルに。
そんな話が出てから10年、要素技術検討段階から、実際の商品化に向けた開発が始まる。
そこには、TOAのワイヤレスにかける意地とともに、一人の男の意地があった。
デジタルワイヤレスの開発にかける、一人の男の心意気を追う。
Chapter1
【販路拡大から共同開発へ。その先に待っていたTRANTECワイヤレス導入の決断の時】
ワイヤレス機器でトップシェアを誇るTOA。
その性能、そして量産体制は、業界の中でも屈指の知名度を持つ。
そのTOAが1998年、ヨーロッパでの販路を拡大するため、そして、TOAが持つワイヤレス・量産のノウハウを提供するため、英国にワイヤレス機器の子会社を設立した。
子会社が立ち上げた“TRANTEC”は、英国の業界で知られるブランドに成長していった。
また、プロオーディオ業界への造詣も深く、業界のキーマンとの親交も深まっていった。
ヨーロッパでは、ワイヤレス市場と言えば、プロ・アマ関係なくプロオーディオ市場がメインターゲット。
しかし日本では、プロオーディオ市場のみならず、アミューズメント施設や教育現場など、幅広く利用されていた。
文化が違う。ターゲットが違う。ヨーロッパでの販売強化のために、何をするべきなのか。
苦難の末、2007年にまず、アナログワイヤレスを、共同で開発することとなった。
プロジェクト鉄器にメンバーが招集され、TOA開発部隊、子会社開発部隊、生産工場、販売支援など役割が明確になる。
TOA開発部隊からも急遽2名が英国に長期出張滞在し、共同開発を進めることになった。
新製品発売まで約半年、プロジェクトのリーダー的存在の藤田(故人)が、檄を飛ばす。失敗は許されない。
TRANTECシリーズワイヤレスの開発、導入に向けて、田中が持つ、開発に向けた一つ目のスイッチが入った。
やがてそのアナログワイヤレスの開発は、後にスポットライトが当たるデジタルワイヤレスの開発という心の灯を田中にともした。
Chapter2
【呉越同舟。目指すのは国の基盤を支える制度づくり】
TRANTECワイヤレス導入以前から、TOAでのデジタルワイヤレスの開発は進行していた。
その開発チームの中に、田中や小椋がいた。
TOAで開発が進むデジタルワイヤレスとは別に、市場、いや、国全体としての動きが起こる。
2003年、デジタルワイヤレスマイクに関する制度検討が社団法人 電波産業会で始まった。
「デジタルに市場性があるのか?」
デジタル技術は進歩するものの、それを受け入れる体制が、国としてもまだなかった。
市場を作り出すための、基盤を作り出す。
そんな状況に、急遽、デジタルワイヤレスの開発を進める田中や小椋ら開発チームがTOAを代表して参加することとなった。
さまざまな公開実験に参加する企業には他にも、名だたるメーカーが名を連ねていた。
他のメーカーが、外観までも立派なデジタルワイヤレスを実験に使用する中、田中らのデジタルワイヤレスは、技術に自信はあったものの、急場しのぎの外観になっていた。
他メーカーの冷笑が耳に残る。
試作機開発担当の小椋は、そのような状況のなかでの試作機の公開実験に参加、精神的プレッシャーを人一倍受けていた。
皆がプレッシャーに押される中、誰もが驚きを禁じ得ない状況が、田中らの目に飛び込む。
そう、その見た目に急場しのぎのデジタルワイヤレスが、圧倒的な性能を示したのだ。
ほとんどすべての実験に対して、抜群の性能を示す、いわば開発段階の田中らのデジタルワイヤレス。
「『たまたまの良い結果ではないだろうか。』
『次の実験では他メーカーよりも悪い結果を出してしまうのではないか。』
『うちの技術のどの部分が他社試作品より優れているのだろう。そこが分かればもっと改良できるのに』
といつもドキドキでした。」
と当時を振り返る田中だったが、逆に、この出来事が田中の自信となっていたに違いない。
この公開実験を通して、他メーカーとの交流が生まれる。
同じ方向を向き、開発を進めていたからこそ、他メーカーとの情報のやり取りができるようになっていた。
Chapter3
【知識も経験もない。新市場向けの商品開発を支える開発チーム】
デジタル化が急速に叫ばれるようになり、国としてもデジタルの可能性を模索する、何の規制もない時代。
そう、デジタルワイヤレスの開発を推し進めながらも、まだ市場としても産声を上げたばかりなのだ。
ただ、アナログからデジタルへの遷移は必然のもの。
そのことだけが、田中の目にも明らかだった。
ワイヤレスの技術はある。それは公開実験でも明らかだ。
ただ、どこに向けてデジタルワイヤレスを販売するかが、明確にならない。
一般ユーザー向けのワイヤレスではトップシェアのTOA。対して、TRANTECはハイエンド向け。
(※ハイエンド:高機能・高性能を追求した専門家や上級者、ここでは主にミュージシャンのこと。)
社内で何度も話し合いの場が持たれた結果、最先端の技術だからこそ、値崩れが起こる可能性が高い一般ユーザー向けではなく、ハイエンド向けに開発を進めることとなった。
しかし、ハイエンド向けのノウハウなど何もない。
どのような形にすれば良いのかさえも分からない。
田中は、迷いながらも、まずは見よう見まねから始めてみた。
これまでと違うのは、「ターゲット」、それだけだと田中は考えた。
「デジタルは実現方法の違いだけだ。技術的な話よりもまず、ハイエンドの商品をどのような形にするか、だ。」
田中は、小椋らとともに、デジタルワイヤレスマイクに関する各種信号処理技術はもちろん、アンテナ技術や音響技術を詰めながら、来る日も来る日も、他社の製品を見比べ、商品の形を決めていった。
Chapter4
【開発の最終段階。生まれた商品に与える名義】
電波産業会の公開実験を経て、2007年に制度改正が行われ、デジタルの可能性が公にも認められた。
田中の奮闘が功を奏し、2006年にはすでに、最終的な形は出来あがっていた。
ただ、名前が決まらない。
一般ユーザー向けのイメージを持たせるのか、ハイエンド向けのイメージを持たせるのか。
名前の決定を阻んだものは、またもや一般ユーザーとハイエンドとの違いだった。
“TOA”という会社名を前面に押すのか、“TRANTEC”というブランド名を前面に押すのか・・・
TOA名を使えば、ワイヤレス分野で築いてきた実績もあり、苦労せずとも今の流通経路に乗せるだけで販売できるだろう。
しかし、ターゲットが違う。目指すのはハイエンド。
今回ばかりは、TOAが持つ知名度が、デジタルワイヤレスにはそぐわないものとなり得る。
そのころ、共同開発が進んでいたTRANTECアナログワイヤレス。
短期開発の中、プロジェクトのリーダーであり、田中と行動を共にしてきた藤田は、機が熟したと言わんばかりに明言した。
「次はTRANTECのデジタルワイヤレスを導入する。」
社内協議が繰り返され、“TRANTEC”名での導入が決まった。
しかし、TRANTECアナログワイヤレスの導入が開始されたのを見届け、志半ばのまま、藤田はこの世を去る。
小さな背中でいろいろなことを伝え、デジタルワイヤレスの最後の一押しをしてくれた藤田。
その藤田のためにも、TRANTECデジタルワイヤレスの導入に向けた、二つ目のスイッチが、田中の中で、しっかりとした音を立てて入った。
デジタルワイヤレスの開発チームは、試作品から製品への命を吹き込む作業に入る。
前人未踏の領域から次々と襲い掛かる問題、なんとしても守らなければならないTOAワイヤレスの伝統・・・
幾多の設計苦難を乗り越え、2009年3月末、TRANTECの商品群を拡充、デジタルワイヤレスマイクの発売に踏み切った。
Chapter5
【自分が育てる!相乗して堅固になる新時代への道程】
マイクは、どちらかと言えば舞台の上ではわき役の存在。
その存在感をなくすために、外観はどのメーカーのものも同じようなもの。
ハイエンド向けの形にこだわり、開発を進めてきた田中だが、必然的に性能での勝負にならざるを得ない。
以前より、TOAは放送業界に対して、デジタルミキサーやデジタルプロセッサーなどのデジタル機器をいち早く導入。
「デジタルと言えばTOA」と業界に言わしめるほどの潮流を逃してはいけない。
TOAのワイヤレスはこれまで、技術担当と営業担当が行動を共にすることは少なかった。
だが、田中は営業とともに各地を回り、技術的な話を含め、デジタル化に向けたセミナーなどを行った。
「これから、どうTRANTECを成長させていくか、毎日楽しみなんです」
TRANTECの営業を担当する阿部が、田中の想いを引き継ぐ。
さらに、意外な社内のつながりも田中を後押しした。
別の商品を販売する営業が、アーティストを紹介してくれたのだ。
実際に、アーティストに使用してもらうことでPRになる。
また、セッティングに参加することで、使い方や機能など、改良ポイントに気付く。
社内全体が、“TRANTEC”に惚れ込み、その動向に意識を傾ける。
「デジタル化の流れがなかったら、参入していないでしょうね。」
冷静に語る田中だが、田中なら、タイミングを見て必ず参入していただろう。
田中を支え続けた、男の約束。
「念ずれば具象す。」
という田中の言葉が、そのことを物語っている。
田中の、そしてTOA全体の想い=希望が詰まったTRANTECが、デジタル市場に旋風を巻き起こし始めている。